汉语被动标与汉语自动词被动表达日译毕业论文_日语毕业论文

汉语被动标与汉语自动词被动表达日译毕业论文

2021-04-02更新

摘 要

中文摘要

汉语中被动标的用法既有共通之处,也存在着相异点,本文针对“被”“叫”

“让“给”这四种被动标进行了着重研究。利用了认知语言学中的意象图式探究了被动标之间的异同点;具体分析了“被”与“给”在某些用法结构中的唯一性; 例如“被 XX”的新兴被动结构以及由“给”与其他被动标组成的组合被动标结构。根据施事者与受事者在句中位置的不同可以对多义被动标在句中是否存在被动用法进行判定。而在相对有限的汉语自动词被动句中,本文针对可以构成自动词被动句的自动词做了简单的分类研究。

另一方面,在汉语自动词被动的日译中,有直接译成日语被动表达的情况, 也有译成主动表达的例子。在“被 XX”构式的译文中,一般都会在谓语动词后附上「と伝えられた」。

关键词:自动词被动句;被;受事者;认知语言学;日译

目 次

はじめに 1

  1. 先行研究 3
    1. 伝統的な「被」構文における自動詞受身文の成立条件 3
    2. 述語の後ろに後続する補語の形式は「得 補語」である 4
    3. 「被 XX」構造に対する解釈 5
  2. 本稿の主張及び分析 8
    1. 「被」と他の受身マーカーの相違点 9
    2. 自動詞受身文を構成させる自動詞に対する分析 13
    3. 中国語自動詞受身文の和訳について 15

おわりに 18

参考文献 19

謝 辞 21

はじめに

日本語の受身文の特色の一つに自動詞の受動形がある。その自動詞の受身文には間接被害の意味がよく含まれている。一方、中国語でも、自動詞1が受身文を構成できる。且つ、中国語には、多くの受身マーカー2が存在している。「被」という受身マーカ―は受身文の中3、もっとも典型的な受身マーカ―であり、それと組み合わせられるのは他動詞だけである4と一部の研究者が唱えているが、筆者の研究では、一部の自動詞とも組み合わせられると確認できた。本稿では、筆者は認知言語学に基づき、その自動詞と中国語の受身マーカ―との関係を分析し、その使用実態や和訳についてを解明しようと試みる。

まず筆者の収集した例を見てみよう。

(1)…砖瞄准了使劲一扔,正中了该人的屁股,但是等他追出去一看,还是被.她一瘸一拐地跑掉了。5(彼女に逃げられた。)

  1. 我被.孩子吵得睡不着。(筆者による)(子供が騒がれて、眠れなかった。)
  2. 蒋经国离开江西到重庆赴任,没有看到“五年计划”的成果,但他的设计一直被.人们津津乐道。6(彼のデザインに対し、人々は大きな興味を持つ。)
  3. 白岩松“被.自杀”再敲网络监管警钟。(新华网江西频道 2009 年 10 月

30 日)7(白岩松「自殺と伝えられた」ことが再びネット監察に警鐘を)

「被」を受身マーカ―とする自動詞受身文において、伝統的な「被」構文から「例えば例(1)(2)(3)」、新出の「被 XX」という構造「例えば例(4)」の用法にいたるまで様々な受け身文が存在していると思われる。伝統的な「被」構文には、本当の被害の意味が含まれていたが、例(3)はほかの例と少々違う。

「津津乐道」という言葉は成語であり、何かの話に興じるという意味を表す。

「津津乐道」という表現は連体修飾語とする例が少なく、例(3)のように、

多くの場合述語として、受け身マーカーとともに自動詞受身文を構成する。新出の「被 XX」という構造には、主語の人が述語となる動作をしたとうわさを流されたり、真相を隠そうとしてその動作をしたように見せかけられたりする偽装される意味もある。

上の内容を踏まえ、本稿では以下の内容について研究を行う。

①中国語の、典型的な受身マーカ―「被」と他の受身マーカーの違い

②自動詞受身文において各受身マーカ―の互換性及びその原因

③受身マーカ―と組み合わせ、受身文を構成できる自動詞

④中国語自動詞受身文の和訳

1 先行研究

伝統的な「被」構文における自動詞受身文の成立条件

自動詞受身文が成立するには、結果か因果関係を表す補語が必要な条件である。それが邱林燕(2013)、梅暁蓮(2008)、李湘琴(2013)などによって、指摘されている。

邱林燕(2013)は楊凱栄(1992)8の説を引用し、以下のような例を挙げている。

  1. 半夜被.孩子哭醒了。9(夜中子供に泣かれた。)

(6)a. 夜里很晚的时候被.客人来了,害得我没休息好。10(よる遅くお客さんが来た、そのため、私はちゃんと休めなかった。)

  1. 夜里很晚的时候被.客人来了。(夜遅くお客さんが来た。)

例(5)のように、「哭」(泣く)という述語に「醒了」(目が覚めた)という結果補語が加えられた。例(6a)のように、「夜里很晚的时候被客人来了」(夜遅くお客さんが来た)の後で、「害得我没休息好」(私はちゃんと休めなかった) という結果性を持つ表現が付け加えられた。だが、例(6b)には、自動詞の受身表現だけで、被害の結果を伴っていないので、意味が整っていないので、この表現が成立しにくいと考えられる。

さらに、邱林燕(2013)では述語の前に「这么-」(こうして)が付けられ、それによって前件及び後件の論理関係がより厳密になる。ただし「这么-」(こうして)が付加されなくても自動詞受身文が成立できるとされる。

(7)a. 被.他坐了,我什么也看不见了。(彼に座られて、何も見えなくなっ

てしまった。)

    1. 被.他这么一坐,我什么都看不见了。(彼にこうして座られて、何もみえなくなってしまった。
    2. 被他这么一坐。(彼にこうして座られた。)

例(7c)のように、「这么-」(こうして)のある文は受身文であっても、述語の後ろに結果補語が後続しなければ、文は成立しにくい。したがって、「这么

-」(こうして)は自動詞受身文の成立必要条件ではないと考えられる。梅暁蓮(2008)では、以下のような例が挙げられている。

    1. 小李被.孩子哭得没有办法。(李さんは子供に泣かれて、困っている。)
    2. 她不停地在房间里来回走动(走来走去),小王被.她走得心神不安。

(王さんは彼女に部屋の中を行ったり来たりされて、じっとしていられなくなった。)

例(8)のように、子供に泣かれて、李さんは困ってしまったという被害の受け身である。例(9)は、「王さんが彼女に部屋の中を行ったり来たりと歩かれた結果、落ち着かなくなった」という被害の受け身である。

述語の後ろに後続する補語の形式は「得 補語」である

述語の後ろに後続する構造が「得 補語」である点に関し、梅暁蓮(2008)、李湘琴(2013)は大体同じ観点に立っている。そのうち、梅暁蓮(2008)では、中国語の一部の単音節自動詞の後ろに補足的な内容が付け加えられ、受身文を成立させる例もあるとされている。例えば例(8)、(9)の「哭」、「走」などの単音節自動詞の後ろに、因果関係を表す「得」が付加され、補語が後続する受身文が成立すると論じられている。

李湘琴(2013)は、述語動詞の後に「得 補語」が付加されることにより、自

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