浅谈日本的“和制汉语”毕业论文_日语毕业论文

浅谈日本的“和制汉语”毕业论文

2021-04-02更新

摘 要

中日交流的历史源远流长。双方在政治、经济、文化等领域进行着广泛的交流,特别是在文化方面,日本文明在很大程度上受到了中华文明的影响。汉字在从前传入日本为日本社会所用,但随着社会的发展和进步,日本人又用汉字组合创造了为数不少的日语词汇,即“和制汉语”。 和制汉语对于近代日本的发展起了不可估量的作用,而和制汉语的一部分在近代又反输入中国,对中国近代化同样起了巨大的作用。

本论文从和制汉语的定义及其出现的背景,它的构成形式及具体分类,其在近代回流进入中国,对中国有产生的影响等方面分成三部分对这种文化现象进行分析,了解到和制汉语不是偶然出现的,而是中日两国两千多年来文化交流的继续和发展,是一种重要的文化现象。

关键字:和制汉语;汉语;外来词;文化交流

目 次

はじめに 1

  1. 和製漢語の定義と形成の背景 3

    1. 和製漢語の定義 3
    2. 和製漢語の形成の背景 5
  2. 和製漢語の構成と分類 6

    1. 和製漢語の構成 6
    2. 和製漢語の分類 6
  3. 和製漢語の「U 段」現象 10

    1. 我が国における「和製漢語」の導入状況 10
    2. 和製漢語を受ける時の態度 12
    3. 中国に与えた影響 13

終わりに 16

参考文献 17

謝 辞 18

はじめに

中国人にとって、日本はとても「近い」国である。一衣帯水、一葦可航という関係で千年もの往来歴史を持っている。だが、中日両国の関係というと、恐らく一言で表し切れるのではなく、両国関係は「複雑で変わりがちである」と言える。周知のように、共に長い歴史を持っている両国として、中日交流の歴史は二千年も前に溯ることができるほど長い。西漢以降の多くの時間に、中日両国はよい関係を保っていた。双方は政治、経済、文化などの分野で様々な交流を行っていた。特に文化の分野で、日本文化は大分中華文明の影響を受けたと言える。両国の文化での交流というと、両国共に使用している漢字を取り上げなければならない。言語は文化の運び手である。漢字は昔、日本に伝えられて日本社会で使われていたが、社会の発展と進歩につれて、日本人は漢字を組合わせて少なからぬ新しい言葉を作った。即ち、和製漢語である。外来語というと、みんな知っていると思う。和製漢語というと、多くの人は余り知らないであろう。中国では、「チョコレート」、「ソファー」、「シャンプー」、「コーヒー」 などが外来語であると言えば、きっと反対する人がないであろう。だが、「自由」、

「銀行」、「経済」、「心理」などが外来語と言えば理解出来ない人がいる。だが、 否定出来ないのはこれらの言葉は確かに漢語の中にもともとある語彙ではなく、和製漢語の語彙である。和製漢語は近代日本の発展に計り知れぬ役割を果たした。また、和製漢語の一部は近代再び中国に伝えられて中国人に使われていた。例えば、「電話」、「科学」、「主義」、「物理」など。再び中国に伝えられた御蔭で同様に中国近代化にもかなり役に立った。この現象は両国文字の交流だけだなく、両国の二千年もの文化交流の続けと発展である。中日両国の言語と文化を深く理解するために、本論文は和製漢語の現れた背景、構成形式、分類

及び、これから又中国に伝えられたので起こった影響などの角度から和製漢語という文化現象及びもっと深い意味を理解できるように論述し、分析する。

1 和製漢語の定義と形成の背景

1 和製漢語の定義と形成の背景

和製漢語の定義

周知のように、日本語の語彙には、漢語・大和ことば(和語)・外来語・それらが混ざった混種語がある。「和製漢語」は日本語語彙の一部はずである。日本

『漢字百科大事典』に「和製漢語」についてこう書いてある。「漢語の日本語化として、日本で生まれた漢語(字音語とも言う)を和製漢語とも言い、本来の漢語(中国語)にない漢語である。和製熟語ともいう」1。

和製漢語は「日本製漢語」とも言われている。文字通り、「和製」は日本で作られた、「漢語」は漢字の語彙という意味である。広義に言うと、漢字が日本に導入された後、日本で作られた漢語の語彙という意味で、狭義に言うと、これら日本で作られた漢語の語彙が外来語の姿で持って今日の漢語の語彙に侵入した。これら日本自身で作った「漢語」の多くは西洋語彙(英語、フランス語、ロシア語)から翻訳されてきたのである。古代の漢語に既存したのもある。

和製漢語の形成の背景

歴史の上ではどの新しい事の発生でも、ある特定の背景或いは条件があるのです。和製漢語の出現は偶然ではなく、深い背景を持っているのである。政治、経済、文化発展の産物である。政治の変革、経済の発展、科学の進歩は新しい言葉の出場に基礎を定め、和製漢語の出場に条件を用意した。

言語を講じて、それと文化を結び付けなければならない。文化は言語の運び手だけでなく、言語の形成、発展の根本的な動力でもある。昔から日中の交流

1 佐藤喜代治『漢字百科大事典』明治書院 1996 p89

は緊密で、赖肖尔は『日本人』という本に「文字、語彙、芸術や沢山の伝統的な価値観が中国に来源したと日本人はよく知っている」2 と述べた。以上の事例によると、中国文化は日本文化に大きな影響を与えたことが分かる。中国文化が日本に最大の影響を及ぼしたのは恐らく文字であろう。文字に敬意を持つ観念は未だに日本社会の各階層に根差している。

漢字は三世紀ごろ日本に伝わったと考えられる。7世紀から200年あまりに渡り、遣隋使・遣唐使を派遣、仏教文化や中国律令制などを積極的に吸収、その結果、大量の漢字が日本へ輸入された。日本は古来、中国から大量の漢語を借用してきたが、漢語の造語法に習熟するにしたがい、独立の和製漢語を造るようになった。だが、量が余り多くない。和製漢語の多くが生じたのは明治維新以後である。17世紀の末に始まったイギリスの産業革命が急速に全世界を席巻し、新たな事物、思想、概念が次々に現れた。19世紀の末、日本が明治維新という時代に入って、西洋文化の養分を吸収し始まった。大量の西洋の語彙は日本に入って、何の文字でも表現できないという苦境に陥った。当時の識者は皆漢語文化知識を持っていた。彼らが新たな思想、概念を表す時、主に漢字を利用して新しい言葉を作ったのである。「政府」「権利」「社会」など特有な観念を表した語彙は当時作られた和製漢語である。これらすべての和製漢語は中国古代の漢字の作り方によって作られた。そういう背景の下で多くな和製漢語が生み出す。経済、政治、社会、文化、生活などの各方面に及んでいて、強い生命力を見せている、日本語語彙の重要的な部分になった。日本民族が外来文化を取り入れて本民族特有な文化に変えて、こんな民族特性こそ和製漢語の作りにいい土壌を与えた。

2 赖肖尔『日本人』 上海译文出版社 1980 年 10 月出版 p462

和製漢語の構成と分類

和製漢語の構成

語彙の構成から見ると、単純語と複合語に分けられる。もちろん、和製漢語の構成形式もそうである。

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