论茶道中的日本审美意识毕业论文_日语毕业论文

论茶道中的日本审美意识毕业论文

2021-04-04更新

摘 要

中文摘要

茶道是日本传统文化的精华,是最具有日本特色的文化形式之一。日本茶道集美学、宗教、艺术、文学等为一体,通过茶事活动来修身养性,达到一种人与自然和谐的精神意境。日本茶道起源于中国,作为日本传统的文化遗产已经有四百多年,至今仍然盛行不衰。茶道有朴素的环境氛围,闲寂与空寂的意境追求和高雅的禅宗修养,体现了日本独特的审美意识。

本论文首先介绍日本茶道,搞明白日本茶道的历史和发展以及分析茶道的礼仪与精神。其次,将日本的审美意识作为对象进行分析。最后分析茶道中日本人的审美意识。在分析日本审美意识特征的同时研究日本茶道所反映的审美意识。

关键词:茶道;审美意识;茶禅一味;和敬清寂

目 次

はじめに 1

  1. 日本の茶道 3
    1. 茶道の概況 3
    2. 茶道の礼儀 4
    3. 茶道の精神 5
  2. 日本人の美意識 7
    1. 誠と真実 7
    2. 侘びと寂び 8
  3. 茶道から見た日本人の美意識 11
    1. 茶禅一味 11
    2. 和敬清寂 12

終りに 14

参考文献 15

謝辞 16

はじめに

日本の茶道は日本文化と芸術の代表である。今日では、日本を言及すると、思い浮かべる要素に必ず茶道がある。日本の茶道は「日常茶飯事」を元に発展してきたのである。茶道は日常生活を宗教、哲学、論理、美学と結びつけ、総合性のある文化芸術活動となっている。茶道は日本文化を理解する入口だけではなく、優雅で風流な儀式であり、優美な芸術でもあり、また日本民族の審美意識の上品の表現でもある。

日本の茶道は美学、宗教、芸術、文学などを一味に揃えており、茶事活動によって身を修め、人と自然が調和する精神的境地に達する活動である。茶道は素朴な環境で侘び、寂びを追求する上品の禅宗修養であり、日本の独特な審美意識を表している。

日本の茶道における審美意識を理解するには、日本茶道と日本人に審美意識をそれぞれ理解する必要がある。そして、日本の茶道や美意識について、紹介したいと思う。

先行研究

谷川徹三、千宗室、熊倉功夫、田中秀隆、佟君などは皆日本の茶道に関して研究した。彼らの研究ではどれも茶道を一種の芸術として認識しているが、異なる点もある。谷川徹三は、茶道は人の体を媒体にして行う芸術であり、芸術要素、社交要素、礼儀要素と修行の四つの要素を持っており、この四つの要素は関連し合い、一体となっていると述べた。そのうち、芸術要素はその他の要素の上にあるもので、その他の三つの要素によって表れていると主張している。千宗室、熊倉功夫、田中秀隆は歴史の角度から、茶道は室内芸能であると主張

している1。芸能は人文文化特有の芸術群であり、人体の修行によって情操を培い、人格を改善する目的に達することである2。また、佟君は日本の茶道は日本の茶人が彼らの尊重している茶湯道礼儀の簡略した呼び方で、豊富な文化的意味と審美特徴を持っているお茶の芸術であると主張している。

また、久松真一、楊炳菁、勝軍と馮薌はお茶と宗教の関係に目をつける、日本の茶道に関して研究を行った。久松真一は、茶道文化はお茶を飲むことをきっかけにした総合性のある文化体系で、総合性、統合性と包容性を持っており、その中に芸術、道徳、哲学、宗教などの面を含んでおり、その核心は「禅」であると指摘した。勝軍は中国の茶文化は実用用品の面から精神文化の面に上昇したが、日本の茶道は精神文化の面から実用用品の面に普及されたと指摘した。中国の茶文化は道家文化と密接に関係しているが、日本の茶道精神は仏教の禅宗の思想からきていると勝軍は主張した3。馮薌は日本の茶道は日本文化の結晶であり、日本文化の代表で、日本の伝統文化体系においてきわめて重要な位置に置かれており、その面から見ると、茶道はすでに日本の伝統文化の印となり、その地位も日本文化の中らますます顕著になっていると指摘した。本論文は日本の茶道礼儀文化と日本人の審美観を研究することで、茶道における日本の審美意識をさらに明らかにしようとする。

1 谷川徹三「茶の美学」創拓社,1997

2 千宗室、熊倉功夫、田中秀隆「茶道の文化論」淡交社,1999

3 滕軍「中日茶文化交流史」人民出版社,2004

1 日本の茶道

茶道の概況

茶道は日本の代表的な伝統文化の一つであると言われている。日本茶の起源は、奈良・平安時代で、遣唐使や留学僧らが中国茶を持ち帰ったとされている、日本原産の自身茶があったという説もある。茶を飲む習慣と茶の製法は平安時代に遣唐使によってもたらされた。茶道は初めは貴族や武士、僧侶など上流層に属するもので、あまり広がってなかったのである。鎌倉時代、中国で禅宗を学んだ僧、栄西が茶の種とともに茶の湯の道具、礼式を日本に持ち帰った。始めは、貴重な薬として用いられた抹茶が、栽培に成功し、人々に広く飲まれるようになった。お茶が、日常的に庶民の間で飲まれるようになったのはずっと最近で江戸時代のころである。

中国から日本にもたらされたお茶は、ただ飲むことから、礼法・作法をもった茶の湯へそして茶道へと独自の発展を遂げてきた。お茶は日常生活に欠かせない憩いを与え、人の心を豊かにしたのである。そして人間としての折目やけじめを教える働きのあるものなのだ。

村田珠光は「茶道の創始者」と呼ばれている。彼は禅宗の思想を茶道に取り入れ、独特な「草庵茶風」を作り上げた。「茶道の中興の鼻祖」と呼ばれる武野紹鴎は日本の和歌で現れた日本民族の素朴、純粋で典雅な思想を茶道の融合し、珠光の茶道のさらなる規範化と民族化に貢献した。千利休はまず北向道陳の下で茶道を習い、19 歳の時武野紹鴎の弟子として茶道を勉強し始めた。彼は村田珠光と武野紹鴎の茶道を基礎に、茶道をさらに高い境界に持ち上げた。千利休によって茶道は物質要素の束縛から抜き出し、淡泊の本来の様子に戻ることができた。そこで、茶道は東洋で特別な存在となった。そのため、千利休は「茶

聖」と呼ばれるようになった。

茶道の礼儀

客は茶室に入る前にまず手を洗い、亭主について客間に入る。そして自分の持っているコートなどのものを廊下において腰を屈め、靴を脱いで、茶室に入る。茶室に入る前に階級と地位を現す飾り物は外しておくのも慣例であった。今ではそれほど厳しくはないが、手に持ってきた物は外して茶室に入るのである。茶道のどんな細かい点においても厳しい作法が要求される。身飾りから歩き方まで、茶室に入る時から畳の上に座る時まで。これらは茶道人の気質を表すのに欠かせない作法である。また、このようにして自分の謙虚と清潔を表し、亭主に対する尊敬を表す。飲んで渇きを癒し、茶道の優劣を識別したりするのは茶道の目的ではない。複雑な手順、儀式を通して静寂で、睦まじく、和やかな雰囲気を作るのが目的である。

茶室のドアはドアと言っても窓に等しい空間の狭いドアになっている。その高さはわずか 1 メートルぐらいで、入るときはみんなが這うようにして入る。これは人々が謙虚に生きていて、みんなが平等だということを象徴するためだそうである。日本には「茶室では皆平等だ。」という格言があるように、普通の庶民であれ、天皇であれ、この点ではみんな同じである。

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